伊島防備衛所(その2:島中央部にある貯水池周辺の遺構①)

要約

  • 徳島県伊島にある伊島防備衛所を探索しました。遺構は伊島灯台周辺及び島中央部にある貯水池周辺で確認することができました。
  • 伊島灯台周辺では、灯台横にレンガ造りの遺構、灯台よりも一段下の場所に長さ18.7m、幅は計測できた部分で3.7mの比較的大きな遺構を確認しました。
  • 島中央部にある貯水池周辺では、水槽、井戸、発電機室、油庫、境界石、壕口(3か所)、コンクリート製の擁壁などを確認しました。また、流し台若しくは水溜や浴室と思われる遺構も見られました。(今回は、このうち水槽、井戸、発電機室、油庫についてご紹介します)

島中央部にある貯水池周辺での伊島防備衛所の遺構

 伊島防備衛所の島中央部にある貯水池周辺の遺構については、kanレポートさんをはじめ、諸先輩方の探索記録がインターネット上に報告されており、それらを基に遺構の確認を行い、水槽、井戸、発電機室、油庫、境界石、壕口、コンクリート壁、コンクリート擁壁を確認しました。また、流し台若しくは水溜や浴室と思われる遺構も見られました遺構の配置状況は次のとおりです。

伊島防備衛所:島中央部にある貯水池周辺の遺構配置図
伊島防備衛所:島中央部にある貯水池周辺の遺構配置図

 確認された各以降について、以下のとおり説明します。(今回は、このうち水槽、井戸、発電機室、油庫についてご紹介します)

水槽①(道路沿い)

 伊島漁港から伊島灯台へ向かう道路沿いにあり、非常に目立つのですぐに確認することができました。外寸で長さ幅とも約1.9m、高さは基礎部分を除いた水槽部分で約1.7mあり、内部は二槽に分かれています。水槽の底面の厚さを20cmとした場合、水槽の容積は概ね3.1立米となります。また、二槽のうち小さな区画の上部には鉄パイプが設置されており、鉄パイプの外径は直径約5cm、内径は直径約4cmでした。後述する兵舎が建てられていたと考えられる位置よりも北側にあることから、引渡目録に記載されている水槽はこの水槽であると考えられます。

水槽①(道路沿い)側面:左の面に鉄パイプが見え
水槽①(道路沿い)上面:二槽に分かれている
水槽①(道路沿い)側面:鉄パイプ部分を拡大
水槽①(道路沿い)図面

水槽②(壕口①の横)

 道路の湾曲部の外側にある谷で確認しました。後述の壕口①のすぐ横の位置になります。こちらの水槽はモルタル製のレンガで組まれたもので、外側の表面にモルタルは塗布されておらず、かなり粗雑な造りです。戦後の資材回収の影響のためか、ところどころモルタル製のレンガが抜け落ちています。時間の都合で大まかな計測しか行っていませんが、長さ約4m、幅約3m程度です。この水槽は、後述する兵舎が建てられていたと想定される位置よりも東側にあるため、引渡目録に記載されている水槽ではないと考えられます(引渡目録に記載されている水槽は、兵舎よりも北側に位置しています)。

水槽②(壕口①の横)
水槽②(壕口①の横)の外側側面:モルタルレンガ製で所々抜け落ちている

井戸

 発電機室のすぐ北側の谷にあります。大きさは、内寸で直径73cmです。井戸のすぐ横には、コンクリート製の水溜が設置されています。引渡目録に井戸の記載がありますが、円形のコンクリート部分が薄く、細い板を組み合わせた型枠を用いていないことから、戦後に設置や再整備が行われた可能性があります。

井戸:すぐ横に水枡あり
井戸:内寸直径73cm

発電機室

 伊島防備衛所の代表的な遺構です。防備衛所の発電機室は、基礎部分が残っていることはよくありますが、上屋が残されている事例はあまり多くないと思います。大きさは内寸で長さ約3.3m、幅約4.3mです。屋根は切妻造となっており、最も高い部分で約3.2mです。レンガ造りで表面にモルタルが塗られています。出入口は北東にあり、南東側、南西側、北西側の3か所に窓があります。また、北東側と南西側の壁の上部には、一辺40cmの正方形の穴が開いています。さらに、南東側と北西側の壁には、窓の下に同じく一辺40cmの正方形の穴が開いています。

 発電機室の床にはエンジンを設置する台や溝があることが多いのですが、この発電機室の床には瓦礫が積み重なっており、台や溝を確認することはできませんでした。引渡目録に記載があります。

発電機室:北側やや低い位置から撮影 
発電機室:南側のやや高い位置から撮影
発電機室:北側から撮影 
発電機室及び油庫の図面

油庫

 この施設は引渡目録に記載されていませんが、前述の発電機室と似た構造であり、隣接していることから、伊島防備衛所の施設として設置されたものと考えられ、一般に油庫とされています。 発電機室の北西側に建てられており、同施設との距離は約2.2mです。大きさは内寸で長さ幅とも約1.8mです。屋根は発電機室と同様に切妻造となっており、最も高い部分で約2.5mです。発電機室と同様に、レンガ造りで表面にモルタルが塗られています。北東側に出入口があり、南西側には窓と窓の下部に一辺28cmの正方形の開口部があります。東側及び西側の壁には窓などの開口部はありません。

油庫:北側より撮影
油庫:西側寄り撮影

境界石、壕口(3か所)、コンクリート製の擁壁及び風呂場や流し台と思われる遺構については、次回改めてご紹介したいと思います。

参考文献

  • 海軍水測史刊行会事務局、『海軍水測史』、1984年4月
  • GHQ USAFPAC、『Survey of Japanese Seacoast Artillery』、1946年2月1日
  • 「近畿地区施設一覧(附青図)(6)」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C08011197600、「阪復」近畿地区施設一覧(附青図) (①-引渡目録-209)(防衛省防衛研究所)
  • 岸本実、『伊島の開拓』、人文地理 3巻1号、1951年
  • 海軍省建築局、『十五定防備衛所工事規準(草案)』、1941年(防衛研究所所蔵)
  • kan、『伊島防備衛所』、kanレポート、2013年9月23日、http://kanreport.blog58.fc2.com/blog-entry-331.html、(2022年12月25日参照)
  • pearl white、『伊島に残る瀬戸崎防備衛所』、遺産、遺跡を求めて・・・、2013年12月15日、https://ameblo.jp/ns-c35-235/entry-11729316974.html、(2022年12月25日参照) ※題名は「伊島に残る瀬戸崎防備衛所」とされているが、伊島防備衛所に関する内容と判断される