芹崎(せりざき)防備衛所

要約

  • 佐伯防備隊の芹崎防備衛所を探索しました。
  • 引渡目録に示されている兵舎や発電機室、燃料庫は確認できなかったものの、衛所(聴音所)を確認することができました。
  • 芹崎防備衛所衛所と賢女鼻防備衛所衛所の平面図を比較したところ、両者はほぼ鏡像対照(鏡写しの関係)であることが分かりました。
  • 芹崎防備衛所衛所の電池室と考えられる部屋の北側の壁の下部に穴が開いているのを確認しました。これは、「陸上蓄電池室設計標準」で設置が定められている給気口であると考えらえました。

防備衛所

 海峡や重要港湾への敵潜水艦の接近を探知するために、日本海軍は「防備衛所」と呼ばれる施設を重要な海峡や港湾の出入口に設置しました。潜水艦から発せられる音を感知する水中聴音機や、磁気を感知する磁気探知機を用いて敵潜水艦の接近を探知するとともに、防備衛所によっては遠隔操作で爆破することのできる機雷(管制機雷)を用いて、敵潜水艦に対して攻撃することができる機能を有していました。

豊後水道における防備衛所

 豊後水道には四国西岸側に5か所、九州東岸側に6か所の合計11か所の防備衛所が配置されており、有数の防備衛所密集地帯となっていました。豊後水道の奥は瀬戸内海に繋がっており、万一、敵潜水艦に水道を突破されることになれば、影響は甚大です。侵入を阻止しなければならないと日本海軍が考え、監視体制を強化していたことが窺えます。 これらの豊後水道における防備衛所のうち、芹崎防備衛所の遺構を探索しましたのでご報告いたします。(探索実施時期:2020年、2021年)

豊後水道における防備衛所配置状況
豊後水道における防備衛所配置状況

引渡目録による芹崎防備衛所の遺構の位置の推定

 アジア歴史資料センターにて佐伯防備隊の引渡目録を閲覧し、芹崎防備衛所の遺構の位置を確認しました。引渡目録に添付されていた施設図には、芹崎防備衛所関係の施設として、兵舎、発電機室、燃料庫、聴音所(衛所)が記載されていました。このうち兵舎、発電機室、燃料庫については、芹崎山山頂から東北東方向へ延びる尾根上の鞍部付近にあったと記されていました。また、聴音所(衛所)は兵舎、発電機室、燃料庫が存在する鞍部から南東方向へ斜面を下った位置に記載されていました。なお、国土地理院地図を確認すると、「芹崎山」という名称の山はないものの、代わりに「仙崎山」を確認することができ、施設図に記載されている防備衛所以外の遺構(砲台等)の位置等を勘案すると、「芹崎山」と「仙崎山」は同一の山であると考えられました。

引渡目録に添付されていた施設配置図
「昭和20年9月1日 佐伯地区等兵器、軍需品、舟艇、施設等引渡目録 佐伯防備隊の部」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C08011403800、昭和20年9月1日 佐伯地区等引渡目録 佐伯防備隊の部 (①-引渡目録-454)(防衛省防衛研究所)

芹崎防備衛所の遺構の探索

 前述のとおり、引渡目録に兵舎、発電機室、燃料庫があったとされる仙崎山から東北東方向へ延びる尾根上の鞍部を2か所探索しましたが、残念ながら兵舎、発電機室、燃料庫の遺構を確認することはできず、これらの施設を設置したと推定されるような削平地も確認することはできませんでした。仙崎山から見て1か所目にある鞍部には、自動車がすれ違うことができる程度の幅の舗装された道路があり、この道路を整備する際に遺構が消失した可能性があると考えられました。 聴音所(衛所)については、前述の仙崎山から見て1か所目にある鞍部から南東方向へ斜面を下った位置で確認することができました。

芹崎防備衛所周辺状況図
芹崎防備衛所周辺状況図

芹崎防備衛所衛所(聴音所)

 芹崎防備衛所衛所は、屋根や天井部分は完全に破壊されていたものの、壁面は窓の上部付近までほぼ完全な形で残されており、各部屋の広さや構造を確認することが出来ました。一方で、衛所の床には破壊された屋根や天井の瓦礫が堆積しており、床面の構造や状況等は、ほとんど把握することができませんでした。また、衛所は海を望む東側に向けて建てられており、衛所の北側、東側、南側の壁面の外側の一部は周囲の地面の土砂と接する「半地下構造」となっていました。遺構を計測して作成した平面図と全景の写真は次のとおりです。

芹崎防備衛所衛所衛所平面図
芹崎防備衛所衛所衛所平面図
芹崎防備衛所衛所の全景(南西方向より撮影)
芹崎防備衛所衛所の全景(南西方向より撮影)

賢女鼻防備衛所との類似点

 山口県地方史研究に掲載されている「賢女鼻に残る海軍防備衛所の遺構」(工藤洋三氏著)に下関防備隊の賢女鼻防備衛所の平面図が示されていますが(この図は「下関市蓋井島の戦争遺跡に関する研究」(近森淳之介氏及び原田晋作氏著)より引用されています)、こちらと芹崎防備衛所の平面図を比較したところ、いくつか相違点はあるものの、両者はほぼ鏡像対照(鏡写しの関係)であることが分かりました。作業を効率化するために設計を流用したためではないかと思われますが、理由はよくわかりません。

 また、防備衛所の設置にあたっての標準を定めた「十五定防備衛所工事規準(草案)」では、防備衛所を遠隔操作で爆破することのできる機雷(管制機雷)を装備した「甲衛所」と、機雷を装備しない「乙衛所」に分類し、その仕様は異なるとしていますが、賢女鼻防備衛所は甲衛所、芹崎防備衛所は乙衛所であり、両者は防備衛所における分類が異なるものの、実際はほぼ同じ構造となっていることが分かりました。

芹崎防備衛所衛所平面図
賢女鼻防備衛所の平面図
(工藤洋三(2020) 賢女鼻に残る海軍防備衛所の遺構 山口県地方史研究 より(引用元:近森淳之介・原田晋作 下関市蓋井島の戦争遺跡に関する研究 より))
賢女鼻防備衛所の平面図
(工藤洋三(2020) 賢女鼻に残る海軍防備衛所の遺構 山口県地方史研究 より(引用元:近森淳之介・原田晋作 下関市蓋井島の戦争遺跡に関する研究 より))

芹崎防備衛所衛所の各部屋の状況

 前述の「賢女鼻に残る海軍防備衛所の遺構」(工藤洋三氏著)では、賢女鼻防備衛所における衛所の各部屋の用途が推定されています。賢女鼻防備衛所衛所と芹崎防備衛所衛所は鏡像対照であり、衛所から海を臨む方向は同一である(出窓構造の部屋とそれに隣接する最も細長い部屋が海の方向を向いている)ことから、両衛所における各部屋の用途も同一と推定されます。芹崎防備衛所衛所の各部屋の用途を「賢女鼻に残る海軍防備衛所の遺構」に倣って当てはめると次のとおりとなります。また、前掲の平面図を作成した際に各部屋の面積を計算し、併記しました。それぞれの部屋の写真とその状況は次のとおりです。

「賢女鼻に残る海軍防備衛所の遺構」(工藤洋三氏著)を基に推定した芹崎防備衛所衛所の各部屋の用途
「賢女鼻に残る海軍防備衛所の遺構」(工藤洋三氏著)を基に推定した芹崎防備衛所衛所の各部屋の用途

(1)指揮室

芹崎防備衛所衛指揮室(その1):出窓構造が特徴的
芹崎防備衛所衛指揮室(その1)
出窓構造が特徴的
芹崎防備衛所衛指揮室(その2):南側より撮影 壁の外側に石を積み上げて擬装している
芹崎防備衛所衛指揮室(その2)
南側より撮影 壁の外側に石を積み上げて擬装している

(2)聴音室

芹崎防備衛所衛所聴音室(その1):北西側より撮影 海側に窓が連なっている
芹崎防備衛所衛所聴音室(その1)
北西側より撮影 海側に窓が連なっている
芹崎防備衛所衛所聴音室(その2):北側より撮影
芹崎防備衛所衛所で最も広い部屋
芹崎防備衛所衛所聴音室(その2)
北側より撮影 芹崎防備衛所衛所で最も広い部屋
芹崎防備衛所衛所聴音室(その3)
窓と窓の間の壁面下部に穴があるが、用途不明
芹崎防備衛所衛所聴音室(その3)
窓と窓の間の壁面下部に穴があるが、用途不明

 聴音室は芹崎防備衛所衛所の中で最も広く、面積は31.7平方メートルでした。「十五定防備衛所工事規準(草案)」では、聴音機1台当たり8平方メートル確保することとされており、芹崎防備衛所衛所は7台の97式水中聴音機が配備されていたことから、本来必要な面積は56平方メートルとなります。実際の面積は31.7平方メートルであることから規準より3割以上狭い面積で運用されていたことになります。

(3)電池室

芹崎防備衛所衛所電池室(その1)
西側より撮影 壁にはモルタルが塗られている
芹崎防備衛所衛所電池室(その1)
西側より撮影 壁にはモルタルが塗られている
芹崎防備衛所衛所電池室(その2)
北側の壁の下部に穴が開いている。
芹崎防備衛所衛所電池室(その2)
北側の壁の下部に穴が開いている。

 電池室の北側の壁の下部に穴が開いていることを確認しました。陸上における蓄電池室の仕様を定めた「陸上蓄電池室設計標準」では、「側壁下部ニ給氣孔ヲ天井ニ廃氣孔ヲ設ケ必要ニ應ジ廃氣孔ハダクトニ依り屋外ニ導クモノトス」と定められていることから、この穴は電池室の換気を確保するための給気口であると考えられました。当時、蓄電池として用いられていた鉛蓄電池は水素が発生する可能性があり、発生した水素が滞留して一定以上の濃度となった場合、爆発する危険性がありました。水素は空気よりも軽い気体であることから、電池室の天井に給気口、側壁下部に排気口を設置して、電池室に水素が滞留しないよう対策を講じていたようです。

 なお、賢女鼻防備衛所衛所の電池室の壁にはモルタルが塗られ、さらにアスファルトが塗布されて(耐酸性を高めるためと考えられています)黒色になっていますが、芹崎防備衛所衛所の電池室の壁は、モルタルは塗られているものの、アスファルトが塗布されている様子は確認できませんでした。芹崎防備衛所衛所は賢女鼻防備衛所衛所とは異なり、天井や屋根が完全に破壊されて雨ざらしの状況になっていることから、塗布されたアスファルトが剥がれ落ちてしまった可能性が考えられました。

(4)休憩室

芹崎防備衛所衛所休憩室
北東側より撮影
芹崎防備衛所衛所休憩室
北東側より撮影

(5)電信室兼暗号室

芹崎防備衛所衛所電信室兼暗号室
北北東側より撮影
芹崎防備衛所衛所電信室兼暗号室
北北東側より撮影

(6)便所

芹崎防備衛所衛所便所
北北西側より撮影
芹崎防備衛所衛所便所
北北西側より撮影

 壁面はモルタルが塗られている。瓦礫や堆積物が多く、便器は確認できない

(7)倉庫

芹崎防備衛所衛所倉庫
東側より撮影 倉庫の南側の外壁は周辺の地面の土砂と接しており、半地下構造となっている
芹崎防備衛所衛所倉庫
東側より撮影 倉庫の南側の外壁は周辺の地面の土砂と接しており、半地下構造となっている

芹崎防備衛所衛所周辺の状況

 芹崎防備衛所衛所から北北東へ約200m付近に、多くの削平地を確認しました。さらに、削平地の造成にあたって築かれたと思われる石垣も多数確認できました。一方で、建物や建物の基礎の遺構を確認することはでませんでした。削平地のある場所は山の尾根上の鞍部ではないため、芹崎防備衛所の兵舎や発電機室等の遺構の可能性は低いと考えられました。これらの削平地が何の目的で造られたのか、また、これらの削平地が芹崎防備衛所と関係があるのかは不明です。また、芹崎防備衛所衛所から北へ約100m付近に歩行者が通行できる程度の幅の道路を確認しました。道路は芹崎防備衛所衛所方面に向かって伸びているため、同衛所へ向かうための軍道跡の可能性がありますが、詳しいことは不明です。

芹崎防備衛所衛所から北北東へ約200m付近の削平地と石垣(その1)
芹崎防備衛所衛所から北北東へ約200m付近の削平地と石垣(その1)
芹崎防備衛所衛所から北北東へ約200m付近の削平地と石垣(その2)
芹崎防備衛所衛所から北北東へ約200m付近の削平地と石垣(その2)

 「芹崎(せりざき)防備衛所」は以上のとおりです。最後までお読みいただきありがとうございました!

参考文献

  • 海軍水測史刊行会事務局、『海軍水測史』、1984年4月
  • 海軍省建築局長、『十五定防備衛所工事規準(草案)』、昭和16年6月2日(防衛省防衛研究所)
  • 海軍省建築局長、『海軍土木建築普諸施設標準』、昭和15年10月1日(防衛省防衛研究所)
  • 「昭和20年9月1日 佐伯地区等兵器、軍需品、舟艇、施設等引渡目録 佐伯防備隊の部」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C08011403800、昭和20年9月1日 佐伯地区等引渡目録 佐伯防備隊の部 (①-引渡目録-454)(防衛省防衛研究所)
  • 工藤洋三、『賢女鼻に残る海軍防備衛所の遺構』、山口県地方史研究、2020年6月(掲載図の引用元:近森淳之介・原田晋作『下関市蓋井島の戦争遺跡に関する研究』、徳山工業高等専門学校土木建築工学科卒業論文集)