防備衛所の聴音所における壁や天井の「凹み」について
要約
- 防備衛所における聴音所の壁や天井には、「凹み」がよく見られます。
- 由良崎防備衛所の聴音所の遺構から、この凹みは吸音材を壁や天井に取り付けるために設けられたと考えられました。
防備衛所の聴音所における壁や天井の「凹み」
レンガや鉄筋コンクリートで造られた、防備衛所の聴音所にある壁や天井には、写真のような「凹み」がよく見られます。また、この凹みに木片が詰め込まれていることもよく見られます。この凹みは何のための凹みなのか?また、なぜ木片が詰められているのか?その理由を推察しました。



防備衛所とは
壁の凹みについて説明する前に、防備衛所について簡単に説明します。海峡や重要港湾への敵潜水艦の接近を探知するために、日本海軍は「防備衛所」と呼ばれる施設を重要な海峡や港湾の出入口に設置しました。潜水艦から発せられる音を感知する水中聴音機や、磁気を感知する磁気探知機を用いて敵潜水艦の接近を探知するとともに、防備衛所によっては遠隔操作で爆破することのできる機雷(管制機雷)を用いて、敵潜水艦に対して攻撃することができる機能を有していました。
防備衛所の聴音所
防備衛所には、兵員が居住する兵舎や必要な電気を供給するための発電機室等の様々な施設がありましたが、最も重要な施設が「聴音所」です(文書によっては「衛所」とも記載されています)。前述の水中聴音機や磁気探知機、管制機雷を操作する施設で、この聴音所が発揮する機能こそが防備衛所を設置する目的であり、兵舎や発電機室等は聴音所の機能を支えるための付属施設と言えます。
聴音所の構造
聴音所の建物構造は、木造、レンガ造り、鉄筋コンクリート造り等がありますが、レンガや鉄筋コンクリートについては、現在も建物が残っている事例が少なからず見られます。一方で、木造のものについては戦後に取り壊され、その多くが建物の基礎のみとなっています(場合によっては、基礎すら残っていません)。このことから、壁や天井に凹みが見られるのは、レンガや鉄筋コンクリート造りの聴音所となります。
聴音所の天井や壁の「凹み」の役割
聴音所の天井や壁の「凹み」の役割を推察するヒントは、愛媛県にある由良崎防備衛所にありました。由良崎防備衛所の聴音所のとある部屋には、写真のように天井に多くの木材が組み上げられています。そして、この木材は天井にある凹みに埋め込まれた木片に取り付けられていることに気が付きました。天井にある凹みとほぼ同じ大きさの木片を用意し、これを天井の凹みに木槌等で打ち込めば、摩擦により木片を固定することが出来ます。この木片に釘などを用いて木材を取り付けると、写真のように木材を天井に組み上げられるのです。(天井の凹みと木片及び木材の断面模式図を参照してください)


このように、天井にある凹みは、天井に木材を組み上げるために設けられたということが分かりました。そして次に、天井に組み上げられた木材は何のために天井に取り付けられたのかを考えてみました。
防音に配慮された聴音所
防備衛所を設置する際の仕様を定めた「十五定防備衛所工事規準(草案)」には、聴音所は防音に留意した構造にすることが定められており、室内で発生する音を減少させるため、壁や天井、床などを「ヘンプコットン(麻と木綿から作られた布地)」や「テックス(植物系繊維を圧熱形成した板状の建材)」等の吸音材により被覆すること、とされていました。なぜここまで防音に気を配っているのかというと、聴音所で用いられる水中聴音機や管制機雷は、海中に設置した水中マイクから伝わる音を聴音所で聞き取ることにより、潜水艦の位置や接近を判断するため、雑音のない静粛な環境が不可欠だったのです。
吸音材を取り付けるために天井や壁に凹みが設けられた
先の由良崎防備衛所の聴音所の建物構造は、レンガ若しくは鉄筋コンクリート造りです。吸音材を取り付けない場合、室内の音が壁で反響してしまい、静粛性が保たれなくなります。そこで、鉄筋コンクリート造りの天井に凹みを設けて木片を埋め込み、この木片に木材を取り付け、さらにこの木材に吸音材を取り付けることにより、静粛性を確保したのではないか、と推察しました。
天井や壁の凹みは聴音所の特徴の一つ
天井や壁の凹みは、吸音材を取り付けるための工夫であり、防備衛所の聴音所の特徴の一つと言えます。吸音材や吸音材を取り付けるために設置された木材は、戦後にその多くが他の建物に再利用する目的等で撤去されたと考えられ、天井や壁の凹みだけが残されている事例がほとんどです。実際に使用されていた頃の聴音所の内部の壁は布地や木質の建材で覆われ、無機質な壁が露出している現在とは大きく異なる様子であったと考えられます。
「防備衛所の聴音所における壁や天井の「凹み」について」は以上のとおりです。最後まで読んでいただきありがとうございました!
参考文献
- 海軍省建築局、『十五定防備衛所工事規準(草案)』、1941年(防衛研究所所蔵)
- 有限会社福田織物、『綿麻(風合いについて)』、福田織物のテキスタイルコラム、2021年1月27日、http://fukudaorimono.jp/column/%E7%B6%BF%E9%BA%BB%E3%80%80%EF%BC%88%E9%A2%A8%E5%90%88%E3%81%84%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%EF%BC%89%E3%80%80%E7%A6%8F%E7%94%B0%E7%B9%94%E7%89%A9%E3%81%8C%E8%A7%A3%E8%AA%AC%E3%81%97%E3%81%BE/、(2023年5月15日参照)
- 一般財団法人経済調査会、『材料からみた近代日本建築史 その18 繊維版(テックス)をはじめとするボード状建材の普及と旧足立別邸』、けんせつPlaza、2017年10月10日、http://www.kensetsu-plaza.com/kiji/post/17512、(2023年5月15日参照)


