伊島防備衛所(その1:概要と伊島灯台周辺の遺構)

要約

  • 徳島県伊島にある伊島防備衛所を探索しました。遺構は伊島灯台周辺及び島中央部にある貯水池周辺で確認することができました。
  • 伊島灯台周辺では、灯台横にレンガ造りの遺構、灯台よりも一段下の場所に長さ18.7m、幅は計測できた部分で3.7mの比較的大きな遺構を確認しました。

防備衛所について

 海峡や重要港湾への敵潜水艦の接近を探知するために、日本海軍は「防備衛所」と呼ばれる施設を各地に設置しました。潜水艦から発せられる音を感知する水中聴音機や、磁気を感知する磁気探知機を用いて敵潜水艦の接近を探知するとともに、防備衛所によっては、遠隔操作で爆破することのできる機雷を用いて、敵潜水艦に対して攻撃もできるようになっていました。

伊島防備衛所の位置

 瀬戸内海への出入口である紀伊水道についても、敵潜水艦の動向を監視するために、合計5か所の防備衛所が設置されました。そのうちの一つが、徳島県伊島に設置された伊島防備衛所でした。 伊島は徳島県南東部にあり、紀伊水道に浮かぶ周囲約9.5kmの小さな島です。紀伊水道は、徳島県の蒲生田岬和歌山県の日ノ御崎を結ぶ部分が最も狭くなっており、伊島はこの部分に位置していることから、適潜水艦の侵入を監視するためには、非常に重要な位置であることが分かります。

紀伊防備隊 防備衛所配置図

伊島防備衛所の対潜水艦兵器

 「海軍水測史」によると、伊島防備衛所には潜水艦を探知するために九七式水中聴音機5基及び二式磁気探知機1組が装備されたと記載されています。また、海面砲台や防備衛所などの日本沿岸の防備状況について取りまとめられた「Japanese Seacoast Artillery」にも、伊島防備衛所に水中聴音機と磁気探知機が装備されていたことが分かる図面が掲載されています

探索に用いた資料

 戦後、軍事施設を連合軍側に引き渡した際に作成された「引渡目録」には、聴音室、電池室、兵舎、発電機室、水槽、倉庫等が記載されており、おおよその位置をこちらで把握しました。また、「伊島の開拓」には、伊島南東部の伊島灯台が建てられている山にはかつてのろし台があり、その後、海軍の監視所(=伊島防備衛所と考えられます)が設置されたとの記載があったことから、伊島灯台周辺を探索しました。さらに、kanレポートさんをはじめ諸先輩方のインターネットの情報を参考とさせて頂きました。

 これらの情報から、伊島防備衛所の遺構は伊島灯台周辺及び島中央部にある貯水池周辺に存在すると考えられたため、現地を訪ねてこの周辺を確認しました

「近畿地区施設一覧(附青図)(6)」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C08011197600、「阪復」近畿地区施設一覧(附青図) (①-引渡目録-209)(防衛省防衛研究所)
伊島防備衛所の遺構の分布

伊島灯台周辺における遺構の概要

 伊島灯台周辺では、灯台横にレンガ造りの遺構、灯台よりも一段下の場所に長さ18.7m、幅は計測できた部分で3.7mの比較的大きな遺構を確認しました。また、灯台から南西方向に延びる尾根上に、直径約5.5m及び直径約2.5mの円形窪地を確認しました。遺構の配置状況は次のとおりです。

伊島防備衛所 伊島灯台周辺の遺構

伊島灯台横の遺構

 伊島灯台東側に、レンガ造りの遺構を確認することができました。一部の壁面のみ残されており、屋根や床部分は破壊されています。遺構の大きさは、現存部分で長さ約4.6m、幅約3.5mです。現存する遺構の壁も破壊された跡があるため、使用されていた頃はより大きな建物だったと考えられます。引渡目録の図面では、聴音所の南東側に電池室が記載されていることから、この遺構は電池室の可能性があります。 前述の「伊島の開拓」には、海軍の監視所(=伊島防備衛所と考えられます)は戦後、密航監視所に転用されたとの記載がありますが、本遺構は紀伊水道を望むことができる見晴らしの良い位置に建てられていることから、密航監視所として利用されたのはこの遺構であると思われます。

伊島灯台横の遺構:その1
伊島灯台横の遺構:その2
伊島灯台横の遺構:その
伊島灯台横の遺構(図)

伊島灯台下の遺構

 伊島灯台の敷地の北西側にある一段低い場所で、遺構を確認することができました。長さ約18.7m、幅は計測できた部分で約3.7mありました。遺構はごく一部を除き、レンガでできた基礎と崩れた壁であり、密生した植物で大半が覆われているため、全体を把握するのは難しい状況です。遺構の北側、西側は比較的植物が少なく、状態を把握しやすい状況でした。また、遺構の南側には便槽と思われる凹部が見られました。

 遺構が比較的大きなことと、便槽が確認できたことから、この遺構は聴音所の可能性があると考えられます(防備衛所の設置基準を定めた「十五定防備衛所工事規準(草案)」では、聴音所には便所を設置することとされています)が、遺構の全体像が不明であり、はっきりしたことは分かりません。なお、遺構を確認した場所は、灯台の敷地よりも一段低いため、紀伊水道を望むことはできません。 伊島防備衛所には二式磁気探知機が配備されていたことから、これに用いる機器を設置するための階段状のコンクリート台が設置されていたと考えられますが、残念ながら確認することができませんでした。聴音所と思われる建物が撤去された際に一緒に破壊されたか、もしくは密生している植物により、まだ確認できていない可能性があります。

伊島灯台下の遺構:その1
伊島灯台下の遺構:その2
伊島灯台下の遺構:その3
伊島灯台下の遺構(図)

島中央部にある貯水池周辺の遺構については、次回改めてご紹介したいと思います。

参考文献

  • 海軍水測史刊行会事務局、『海軍水測史』、1984年4月
  • GHQ USAFPAC、『Survey of Japanese Seacoast Artillery』、1946年2月1日
  • 「近畿地区施設一覧(附青図)(6)」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C08011197600、「阪復」近畿地区施設一覧(附青図) (①-引渡目録-209)(防衛省防衛研究所)
  • 岸本実、『伊島の開拓』、人文地理 3巻1号、1951年
  • 海軍省建築局、『十五定防備衛所工事規準(草案)』、1941年(防衛研究所所蔵)
  • kan、『伊島防備衛所』、kanレポート、2013年9月23日、http://kanreport.blog58.fc2.com/blog-entry-331.html、(2022年12月25日参照)
  • pearl white、『伊島に残る瀬戸崎防備衛所』、遺産、遺跡を求めて・・・、2013年12月15日、https://ameblo.jp/ns-c35-235/entry-11729316974.html、(2022年12月25日参照) ※題名は「伊島に残る瀬戸崎防備衛所」とされているが、伊島防備衛所に関する内容と判断される