ジットラライン探訪記(その2)

要約

  • 防衛研究所所蔵の資料や当時の地図を参考にジットララインの位置を推定しました。(ジットラライン探訪記(その1)を参照ください)
  • 日本軍によるマレー半島進攻を阻止するために英軍が建設した要塞線「ジットラライン」の痕跡を求めて、マレーシア北部のジットラ(町の名前)周辺を探訪しました。
  • ジットラ周辺でトーチカを確認することができました。このトーチカはジットララインの一部である可能性があります。

ジットラ探索

 念願かなってジットララインへ向けて日本を出発したのは2017年。マレーシアのとある町でバイクをレンタルして、ジットラへ向かいました。まず最初に、ジットラから1.5kmほど北にあった、英軍により爆破された橋を訪ねました。この橋の南側(ジットラ側)に、ジットララインがあったと考えられます。当然の話ですが橋は修復されており、周辺を見回しても特にこれといった遺構は見つかりませんでした。Googleマップのストリートビューで、この周辺には目立った遺構はなさそうだということは事前に分かってはいたのですが、改めてその事実を知ると、少しがっかりしました。

ジットラから1.5kmほど北にあった、英軍により爆破された橋 当時の面影はない

橋より西側を見る
ジットラ周辺地図

 気を取り直して、ジットララインがあったと推定される場所にトーチカなどの遺構が周辺に残されていないか、できるだけ詳しくバイクで見て回りましたが、残念ながらそれらしい遺構を見つけることはできませんでした。しかし、カムンティン川の北側で湿地帯を確認すると、やはりここはジットラライン跡地の周辺だということを実感できました。

カムンティン川の北側に残る湿地帯

 カムンティン川についても、状況を確認しました。戦後に改修された可能性もあるため、この川が「馬来作戦「ジットラ」付近 戦闘経過概要 昭和16.2.11~16.2.12」に記載されている三角断面水濠かどうか判断がつきませんが、非常に直線的で幅が均一な流路であることから、人工の水路であるように思われました。このことは、カムンティン川が「馬来作戦「ジットラ」付近 戦闘経過概要 昭和16.2.11~16.2.12」に記載されている三角断面水濠ではないか、という仮説を支持すると言えます。

カムンティン川

トーチカを確認

 そして、ジットラから1.5kmほど北にあった、英軍により爆破された橋から西南西へ約2.9km離れた場所で、ようやくトーチカ(座標:6.271836, 100.399603)を見つけることができました。

確認したトーチカ:写真1
確認したトーチカ:写真2
確認したトーチカ:写真3
確認したトーチカ:写真4

トーチカはジットララインの一部なのか?

 確認したトーチカの位置を当時の地図に落とし込んでみると、ジットラの町の中心部から西へ流れる川の側にあることが分かりました。前述のカムンティン川とこの川はつながっており、ジットラを守る外堀のような役割を果たしていたと考えられます。発見したトーチカは、この外堀状の川の内側に位置しており、日本軍がジットララインを迂回して、西側から背後に回り込むことを防ぐ効果を期待して構築されたのではないかと考えられました。そのように考えれば、このトーチカはジットララインの一部である可能性があります。

確認したトーチカの位置
[Jitra] Parts of Kubang Pasu District, Kedah(国立国会図書館所蔵)に加筆

ジットララインの遺構は他にもまだあるかも・・・

 こうして、ジットララインの遺構探索は終了しました。英語のサイトを確認したところ、自分が確認したトーチカ以外にも遺構が紹介されており、まだ他にもいくつか遺構が残されているようです。バイクで周辺を回って確認しただけなので、見落としている遺構があっても全く不思議ではありません。現地の人に聞き込みをすれば、より多くの発見ができるかもしれません。

参考文献

  • 富士学校戦闘戦史編纂室(1973-1974).戦闘戦史 攻撃 前編 陸上自衛隊富士修親会
  • 第二十五軍司令部 馬来作戦「ジットラ」付近 戦闘経過概要(防衛研究所所蔵)
  • 菅原完 訳(1998).日本陸軍便覧 米陸軍省テクニカル・マニュアル:1944 光人社
  • 參謀本部 陸地測量部(1941).[Jitra] Parts of Kubang Pasu District, Kedah 參謀本部(国立国会図書館所蔵)